「報われない努力はない」「努力は嘘をつかない」という言葉をよく耳にします。これは、努力すれば必ず成果が得られるという意味だと思います。しかし、羽生結弦さんは「報われない努力もある」「努力は嘘をつく」という言葉を言われたそうです。

その背景を考察したいと思います。
羽生結弦選手の「報われない努力」の背景
羽生結弦選手は、2014年ソチ五輪、2018年平昌五輪と2大会連続金メダリストとして北京五輪に挑みました。3連覇が期待された中、ショートプログラムでミスがあり8位発進。フリーでは史上初の4回転半アクセルに挑戦しました。残念ながら4回転半は失敗し、4位に終わりました。
滑走後のインタビューで次のように語っています。
一生懸命頑張りました。正直、これ以上ないくらい頑張ったと思います。まあ、報われない努力だったかもしれないですけど。でも…。確かにショートからうまくいかないこともいっぱいありましたけど、むしろうまくいかないことしかありませんでしたけど、一生懸命頑張りました
羽生結弦選手は、常に向上心を持ち続け、常人離れした練習量とストイックな姿勢で努力を積み重ねてきました。しかし、その努力が必ずしも結果に繋がるわけではありませんでした。
失敗の連続と成功の喜び: 努力の過程における葛藤
彼は、「失敗の日の方が多かった」と語り、成功と失敗の連続の中で葛藤していたことを明かしています。やっと成功したと思っても、すぐにできなくなり、成功まで10日以上かかることもあったそうです。4回転ジャンプでは、1ヶ月に1回成功するかしないかの時期もあったと語ります。(https://www.oricon.co.jp/news/2259149/full/)
成功の喜びは一瞬であり、すぐに次の壁にぶつかるという厳しい現実を突きつけられたのです。こうした経験は、羽生選手にとって大きな葛藤を生み出したことでしょう。
夢への挑戦と挫折: 努力の先にあるもの
羽生選手は、「オリンピックで連覇という夢を叶えました」と語ります。しかし、「4回転半ジャンプを飛ぶ夢をつかみ取ることができませんでした」と、更なる高みを目指す挑戦に挫折したことについても赤裸々に打ち明けています。
オリンピックという大舞台で2度の金メダルを獲得という偉業を成し遂げたにもかかわらず、それでもなお、夢を叶えることはできなかったという現実は、羽生選手にとって大きな苦悩となったことでしょう。
報われない努力と努力の意味: 葛藤と決意
羽生選手は、「報われない努力もある」と語り、努力が必ずしも結果に繋がるわけではないという現実を突きつけられました。そして、「今までの努力の日々は、無駄な日々だったとも思いました」と、努力の成果に疑問を感じたことも正直に語っています。
しかし、彼はここで諦めませんでした。「それでも前に進んでいくしかない」と決意を表明しています。
努力が報われないという現実を受け入れながらも、それでもなお努力を続けるという決意は、羽生選手だからこそできることと言えるでしょう。
努力の真髄とは何か?
羽生結弦選手の「報われない努力」発言は、努力が必ずしも結果に繋がるわけではないという現実を突きつけながらも、血のにじむような努力を積み重ねてきたアスリートとしての葛藤と、更なる高みを目指す揺るぎない決意を力強く表現したと言えるでしょう。
この発言は、多くの人に勇気と希望を与え、同時にスポーツや人生における努力の真髄について考えさせられるきっかけを与えてくれました。
正解なのか、不正解なのか今はわからない
羽生選手は次のように語っています。
「夢は叶うわけではありません。努力が実るわけではありません。頑張ったところで夢が叶う人は、本当に限られた人だけです。社会の理不尽によって諦めることもあると思います。私の人生はたくさんの選択の連続でした。その選択がすべて正解だったかわかりません。その二択の積み重ねで、選ばれた今は正解なのか、不正解なんかわかりません。ただ、私はすべての選択に意味を持たせたいと思っています。選択によって失敗、ケガをしたとしても意味を持たせたい。その時は意味がないと思っても、振り返った時に意味があったことだと思えるように生きていきたい。挑戦はまだ続きます。まだまだ続けます。これから先の選択も悩み迷うと思いますが、この選択があったからこと未来があると思えるように今を選び続けます。
本当に素晴らしいと思います。羽生結弦さんのことをあまり知らなかった私ですが、大好きになりました。多くのファンがいらっしゃる理由がわかります。
過去の選択が正解になるように今を選び続ける
実に深い言葉だと思います。選んだ時は、その選択が正解なのか不正解なのかはわかりません。北京オリンピックで4回転半ジャンプに挑戦せず、無難に滑っていれば、金メダルには届かなくても、表彰台には上がったかもしれません。そういう選択肢もあったのですが、羽生選手はそれをえらびませんでした。仮にここでそれが成功し、銀メダルを取れたとしても、のちのち、「なぜ、あの時挑戦しなかったんだ。オリンピック3連覇を目指して努力してきたんじゃないか!」と自分を責めることになったのではないでしょうか。その後悔は一生ついて回るはずです。競技では負けたかもしれません。でも、その選択によって、明るい未来、後悔のない人生を得たのではないかと思います。
自分の選択が正解か不正解かなど誰にもわかりません。しかし、後から振り返った時に、その選択が正解だったと思わせる行動は、今できると思うのです。今の生き方によって、自分の過去の選択を正解にすることは出来るのです。私も、自分の選択を正解にする生き方をしていきたいと思っています。

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